大自然の賜物に感謝!

 紀伊半島南部の紀南は、山と海が接近し平地が少なく人を遠ざける地であるが半面自然が多く山、川、海そして温泉と自然を満喫することが出来る地である。この紀南の自然に触れ体験し学ぶ旅であった。(行程は「https://kochikeiten.com/earth_cat/」を参照)
 数十年ぶりに清流、古座川(和歌山)と銚子川(三重)で川遊びを行った。
 古座川では「一枚岩」に沿う川遊び場を選んだ。「一枚岩」は、今から約1400万年前の火山活動によって出来た熊野カルデラと呼ばれる南北直径41㎞東西直径23㎞の大型カルデラの一部で高さ100m、幅500mの大きな岩である。その直下で、川底の石や、水の流れに足を取られないように慎重に歩を進めていく。浅瀬に戻って座り込み、1400万年前は灼熱の溶岩であった一枚岩を見上げ、圧倒される。現地で間近に観て、雄大さとこれだけのものを持ち上げる地球の力強さ感じる。
 銚子川は、全長17kmの短い川で大台ケ原(標高1,695m)から熊野灘へ一機に流れ下る。川遊び場の「権兵衛の里」では多くの家族が楽しんでおり、その横を流れに身を任せて大小の魚を見ながら下流へと進む。帰宅後、この時に履いていた水遊びパンツに1mmほどの水中生物が付いていた。多くの水中生物がいるということはそれを食べる魚が多いことに繋がり、生態系が保たれていることを実感した。水中メガネを透して見る川は透明度が高く川底が近く感じる。透明度が高い理由は、降水量が多い大台ケ原を含む紀伊山地の南東側に位置していること、急流で岩がぶつかり砕かれた岩砂で濾過されていることが言われている。後で知ったのであるが大台ケ原も熊野カルデラと同じ頃に形成され、大台ケ原カルデラと呼ばれるカルデラの一部である。紀伊半島の半分近くはカルデラで形成されたことになる。
 もう一つの水遊びは、新鹿(あたしか)海水浴場での海水浴で久々に外海の波を愉しんだ。瀬戸内海の波と違いうねりの波は波高が低くても力強く海辺近くでも体が波に翻弄される。また海では場所により潮の満ち引きが違うなど面を意識して泳ぐ。川とは違った水との付き合い方がある。
 そして紀南と言えば温泉は外せない。今回は那智勝浦の「きよもん湯」を堪能した。館内には硫黄の香りが漂っており、お湯は肌に纏わりつくような感覚でいい温泉であった。温泉は火山が活動している近くにあることが多いが、紀南に火山が無いのに温泉が多いのは、1400万年前にカルデラを形成した火山岩の塊が地中で冷え切っていなくその熱が温泉の元となっているとのことである。
 古事記、日本書紀には神武天皇がなにわから紀南へ回り熊野近辺から紀伊半島を縦断し、やまと橿原で建国をされたと記されており、これを起源として熊野大社が建立され熊野詣へと繋がっていく。熊野へ人々を寄せ付けるエネルギーの源は未だ冷めぬ1400万年前の火山活動に由来しているのではないかと感じる。
 日本列島は地下深くの地殻(プレート)のぶつかり合いから生まれており、火山も同様である。またぶつかり合いにより日本列島は絶えず東西南北、上へ下へと動き、地震の発生に繋がるのであるが、地殻のぶつかり合いが無ければ日本列島は存在していなかった。大雨、大雪、地震は災害をもたらすがその基は我々が住んでいる日本列島という土地であり、そこからは豊富な穀物、果実、川や海の海産物を獲られる。大災害が起こるたびに自然と人を隔てる大規模な土木工事を行うが、土地は賜物とする日本人が持っていた自然と付き合う知恵を活かす事を忘れているのではないか。
 自然の中に身を置くたびに人は自然に活かされてることを実感する。
                       文責:去稚敬天塾 事務局長 吉川貴志
(*文中の紀伊半島の成立ちは、「南紀熊野ジオパーク」を参照)