第5回 令和元年第一回山坂達者講座無事終了
令和元年5月26日夏本番を思わせる気候の中、山坂達者講座を実践した。予定通り午前8時三宮を出発、布引ダムを経由して黒岩尾根を登る。六甲連山の中でも黒岩尾根の上りはタフである。日頃、冷房の効いた室内で仕事、生活をしていると、発汗の働きが低下し、自らの温度調整ができず、熱が体内に籠る傾向がある。人間は、普段から健康的な汗を掻く必要がある。黒岩尾根は、傾斜がきつい上に距離が長い。「六甲山だから大したことがない」という先入観が現実以上にタフだと感じさせる。山登りでは、こまめに水分を補給することが不可欠である。以前、歩荷訓練でこの尾根を登ったことはあるが、この時期の訓練は、アルプス等の夏山登山の準備には極めて有効である。尾根を登り切ったところで、天狗道と合流する。布引から上りのルートと言えば、天狗道が一般的であり、黒岩尾根を上る人は少ない。この合流地点から摩耶山の頂上はすぐ近くにあり、見晴らしもなく実に地味であるが、天狗を祀った神社の朱が存在感を示している。頂上から少し離れたところに、掬星台という広場があり、摩耶ロープウェーの終点にもなっているため、多くの観光客と登山客で賑わう処である。摩耶山からは、六甲山全縦走路をなぞりながら記念碑台に到着。六甲山ガイドハウス横の階段を上ると、整備された広場に真新しいベンチが点在しており、様相が素晴らしく変わっていたことに驚いた。その中央には、六甲山を保養地として切り開いたアーサー・ヘスケス・グルームの胸像が鎮座している。以前と違って、これなら、何の記念碑であるかは瞬時に良く分かる。この先、アーサーが創設した神戸ゴルフ倶楽部を横目に六甲ガーデンテラスへと向かう。このテラスは、大型観光バスも乗り入れる、六甲山で最も観光客が訪れる人気スポットの一つであり、登山者にとっては、華やかな別世界である。色鮮やかな賑わいに別れを告げて、一路六甲山頂へと進む。極楽茶屋跡の分岐点に着いたところで、所要時間が予定よりかなりオーバーしているため、紅葉谷道から有馬温泉へと下山することを選択した。紅葉谷道は、ずっと閉鎖されていたが、漸く開通した。登山客は少なく、風情があって心地良い谷筋である。青々とした若葉の秋を想像すると、谷間に拡がる紅葉を見たくなった。閉鎖の原因となっていた地崩れを迂回する道、階段が延々と整備されている。この工事に、かなりの費用と時間がかかったことは、容易に推察される。急こう配の道を下山すると、炭屋道の分岐で、紅葉谷道は閉鎖され、炭屋道を迂回することになる。極楽茶屋跡の分岐点に表示されていた内容と一致した。炭屋道は、紅葉谷道と魚屋(ととや)道を繋ぐように存在しており、地図を見ると、距離は短くいつもの迂回程度にしか思わなかった。しかし、いざ登ると、迂回というよりも、下山から一転傾斜のきつい登り返しが延々と続く。ゴールを目前に、一山超す思いがして、緩みかけた精神と肉体にスィッチがONに切り替わった。当初の行程より大幅に縮減したので、この炭屋道の上りが加わったことは、講座として有効であった。魚屋道との合流から有馬温泉までは、素早く下山した。
今回、気温湿度時間等様々な条件を考慮して、予定のルートを変更したが、変更する判断のタイミングは適切であった。学ぶ姿勢がなければ、風の香りすら気づかない。山が高く、谷が深く感じるのは、感性を高めているからである。 事故もなく参加者全員無事であったことに安堵した。
塾長 三 木 一之