平成30年 塾長総括
本年前半は、日本の哲学である西田幾多郎の「純粋経験と実在」及び「絶対矛盾的自己同一」を取上げ、学術ではなく、現実を生きる私たちにとっての意義を考察しました。私は、20代半ばの時、「人間純粋論」を構築しましたが、その根幹をなす「三大矛盾論」を長い年月封印していました。しかし、中国古代思想の陰陽相対(待)性原理と出会い、その封印を解き、完成させることができ、上記の西田幾多郎の理論も理解することができました。そこで、吉川事務局長の要望に応て、2回連続講義をしところ、私自身、部分的にもやがかかっていた状態を解消することができました。
その後、本年1月21日に亡くなられた西部邁さんを憶い、保守思想について2回連続学びました。福田恆存さんについては、「証言 三島由紀夫・福田恆存 たった一度の対決(文藝春秋)」の書籍等、私にとって興味深い人物です。現在の日本において、保守思想の意味をはき違えている人が頗る多いことを痛感します。
後半は、昨年学んだ明治について、さらにその理解を深めるために、明治維新の原動力になった水戸学及び崎門学の思想・精神を学びました。歴史は、表面に現れた事実や人物の一面だけを捉えたのでは、単なる趣味の世界でしかありません。時代背景を識ることも重要ですが、それでも足りません。その根底にある思想、信条、志、精神を把握しなければ、単なる知識に過ぎず、到底学問にはなり得ません。本年、思想に重点を置いたのは、それを意図したからです。思想は、決して、学者や評論家の専売特許ではなく、為政者やいわゆる知識人が誤った方向に国民を導かないように、国民自ら確りと方向性を判断するために、学ぶべき実学です。その心構えとして、私は、日頃より次のことを言っているのです。「頭で理解しようとするから、字句に執らわれて、本質が見えなくなる。先ず、感じ取ること、感じたことを大切にして、後でそれを頭の中で整理することが大切。分からなければ、分からないでいい。或る日、或る時、分かることもある。分かるまでに、10年、20年かかっても良い。自然と分かれば、その本質を理解したということである。そのとき、人として進化している。そう考えればいい。」
今年8月から、新に山坂達者講座を開設し、登山を通じて、自然に接し、感性を磨く力を得ることができました。「山高ければ谷深し。」この当たり前のことが、頭脳ではなく、体得することが重要です。ときには、書物を擲って、大自然に身を置くことは、感性を磨く上で不可欠なことです。
昨年よりも今年、今年よりも来年、更なる充実を目指して講座を修めて行きます。
日の本に生れしことを憶いなむ
おのずからなる敬なる恵み
何故に足らぬことなど在りはせぬ
去稚敬天塾 塾長 三木一之