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活動の紹介

座学

第二十三回講座 第一部 【葉隠】山本常朝の生き様に思惟する「人の生きる意味」

難波市民学習センター OCATビル4階 第1会議室
2019年3月16日 13時30分~17時00分
講師:塾長 三木一之

 平貞盛が平将門の乱を鎮圧するときに引連れていた郎等集団は、武者と呼ばれた。この武者が武士の起こりである。「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」とは、武士の潔さを言ったのではなく、「死」の覚悟をもって「死身」になっての「奉公」に徹すること、「死ぬ気で生きよ」ということである。当時、先腹(身代り死)・追腹(殉死)は、禁止されており、武士の自らの「死」は、「名誉の死」として、「切腹」のみであった。常朝にとっての「奉公」は、「常住死身(じょうじゅうしにみ)」であること。主君の「尻拭役」・「慰方」は、真の奉公にあらず。武士の在り様は、時代によって異なる。乱世か治世か。乱世から治世への移り時か。元禄の如き、我が世の春か。それは、鎌倉武士や戦国時代に戦場を駆け巡っていた武士であるのか。それとも、徳川三代以降の平和な時代における武士なのか。これらは、生き様において顕著に異なる。刀が血を吸っているか否か。その刀の意義が物語っている。では、武士道は如何。乱世と治世では異なるのか。その答えがこの「葉隠」に、「山本常朝の生き様」に「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」にある。最早、戦場にて武勇伝を残す機会もなく、忠義のための先腹、追腹をも禁じられた世において、武士の生き場所を求め、突っ切って行った常朝には、乱世の武士に武士道を垣間見ることの浅薄さを思い知らされる。「本気で生きているか。」と剣先を突きつけられれば、応えられる自分であるか。大抵の人は、その返事に詰まってしまうであろう。

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